溝口秀勝

ページ番号1005164  更新日 平成30年3月29日

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星霜270年、その礎を築いた新発田藩初代藩主

写真:溝口秀勝侯の銅像

私達が現在見ている新発田城は、今からおよそ400年前に、溝口秀勝という大名によって作られました。

秀勝は、天文17年(1548)、尾張国中島郡西溝口村(現愛知県稲沢市)の地侍、溝口彦左衛門尉勝政の長子として生まれました。

上杉景勝が越後から会津に移された後、1598年(慶長3年)、豊臣秀吉の命により、加賀(現・石川県)大聖寺から新発田に配置されました。

上杉旧臣の一揆を鎮圧した功績により、徳川家康から本領を保証され、新発田藩6万石が成立。旧勢力を一掃することにより、その後の政治的安定の基礎を築きました。

秀勝以後、溝口家は12代にわたり新発田藩を統治し、新発田城下は一度も戦禍にさらされることなく、平和と繁栄のうちに明治維新を迎えることとなりました。

※溝口秀勝について、詳しくは別添の資料をご覧ください。

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