竹前権兵衛・小八郎兄弟と小川五兵衛

ページ番号1005165  更新日 平成30年3月29日

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前人未到の夢、紫雲寺潟開発にかけた人々の情熱と心意気

地図:正保絵図(写し)新発田市立図書館蔵

その昔、北越後に紫雲寺潟(塩津潟)という大きな湖があり、湖の周りには湿原が広がっていました。そこは、雨が降るたびに洪水となり、人が村を作って住むのはおろか、お米の作れるようなところではありませんでした。

竹前兄弟は、信州(現・長野県)高井郡米子村の出身で、私財を投げ打って紫雲寺潟の開発に尽力した人物です。

小八郎の死や資金難など、さまざまな苦難がありましたが、大庄屋小川五兵衛の参入もあり、享保19年に事業は完了。かつての湿原には2000町歩の新田が生まれ、今日の北蒲原の穀倉地帯の礎となりました。

※竹前兄弟と小川五兵衛について、詳しくは別添の資料をご覧ください。

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