「母の思い出」

ページ番号1001598  更新日 平成30年11月16日

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「広報しばた」2015年12月1日号掲載

10月4日に母が亡くなりました。享年93歳でした。1年前に「骨髄異形成症候群」が判明し、余命半年の告知を受けていたので、覚悟はしていたつもりですが、なかなか吹っ切れません。男子にとって、母親は特別な存在のようです。

嫁いで来たときから、母の激動の人生が始まりました。「こうしてはいられない」が口癖で、左手には父を、右手には子どもたちを抱え、両肩には稼業を背負い、はた目からは気丈に生きた人に見えたかもしれません。しかし、重圧に押し潰されそうになっては実家へ帰り、祖母から「お前が笑って子どもが泣いたほうがよいか。お前が泣いて子どもが笑ったほうがよいかよく考えろ」と、何度も諭されたそうです。

そんな母が大好きだった私は、割烹着の裾を握り、常につきまとっていたものです。割烹着の紐が切れにくいように縫い直してまで、私がぶら下がることを許してくれました。疲れていたのでしょう、母は風呂で眠って顔を湯につけてしまうので、私は母のあごに両手を当て、少しでも眠ってもらおうと必死で支えていたものです。

私が結婚して子どもが生まれたとき、子育てについて母に尋ねると、「子どもの心に親の顔を映せ。あとはひとりでに育つ」と教わりました。私はわんぱくでしたが、ギリギリで道を踏み外さなかったのは、無意識に心に映る母の顔があったからかもしれません。

さて、思い出は尽きませんが、いつまでも感傷に浸ってはいられません。私には「10万都市・新発田」の舵取りという大仕事があります。このコラムをもって吹っ切り、「地方創生」の荒波を越え、「市民の皆さんも私も、共に笑顔でいられる新発田市」をつくる決意を新たにしたいと思います。

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