歴代藩主(初代~六代)

ページ番号1005186  更新日 平成30年3月28日

印刷 大きな文字で印刷

初代~六代

初代藩主 秀勝

写真:初代藩主 秀勝の肖像画

戦国丹羽氏並羽柴氏に属し、各地御出陣。
慶長三年新発田に御入封(六万石)新発田城築工。
同五年間関ヶ原役の時越後上杉遺民一揆と津川、三条、五泉で合戦之れを平定。
治水、開墾の大事業に着手、後年蒲原大平野の基をなす。

二代藩主 宣勝公

写真:二代藩主 宣勝公の肖像画

父君と共に上杉一揆を御討伐。冬夏の大阪の役に参陣す。
荒地沼沢の開発を推進、士農工商の別なく従事せしむ。
打出高一万五千五百石、御令弟善勝公に沢海一万石分地。

三代藩主 宣直公

写真:三代藩主 宣直公の肖像画

治水、墾田の御奨励。故老六十名に及ぶ周知を集め、治水の策を練らる。
新田開拓者に土地を与えらる。正保図完成。
寛文九・五・五、新発田大地震、城再築。清水園造築。

四代藩主 重雄公

写真:四代藩主 重雄公の肖像画

治水、墾田の御奨励。御在世百姓繁庶、府庫最も充実。
清水谷に能を催され、士民の見物を許す。
観覧者一万一千四百二十九名という。寺の移動実施。
お茶屋庭園造園。

五代藩主 重元公

写真:五代藩主 重元公の肖像画

治水、墾田のご奨励。儒士を招き、諸士に道を学ばしむ。
一方武事の衰墜せんことを憂い、兵書を講ぜしめ、弓馬に名あるものを召抱、なお一芸に心得ある者を召し出ださる。

六代藩主 直治公

写真:六代藩主 直治公の肖像画

加治川堀替。紫雲寺潟干拓、松ヶ崎堀割実施。
自ら節約の実を示され民庶心服す。文武を尊び、馬上銃筒を試み給う。享保四・四・八、寺町長行寺より出火、城下大半焼失する。

より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページに問題点はありましたか?(複数回答可)

このページに関するお問い合わせ

文化行政課文化行政係
〒959-2323 新潟県新発田市乙次281番地2 豊浦庁舎1階
電話番号:0254-22-9534 ファクス番号:0254-26-3755
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。